2022年5月13日、秋田県横手市にある横手市増田まんが美術館に伺いました。

私が文化庁のメディア芸術連携基盤整備推進事業(※)で有識者検討委員として携わったこともあり、いつか自分の足で見に行きたいと思っていました。

メディア芸術連携基盤整備推進事業は、産・学・館(官)の連携・協力により、メディア芸術の分野・ 領域を横断して一体的に課題解決に取り組むとともに、所蔵情報等の整備及び各研究機関等におけるメディア芸術作品のアーカイブ化の支援を目的としています。また、アーカイブ化した作品・資料等を活用した展示の実施に係る手法等を開発・検討することにより、貴重な作品・資料等の鑑賞機会の創出、インバウンドの増加を図るとともに、アーカイブ及びキュレーションの実践の場として提供することで、今後のメディア芸術の作品等の収集・保存・活用を担う専門人材の育成を図っています。私は長らくこの事業の有識者検討委員として、マンガ・アニメ・ゲーム・メディアアートの各分野の研究や事業を評価する立場にありました。

横手市増田まんが美術館の成り立ち

1995年10月、旧増田町の100周年記念事業の一環として、地域の公民館機能を集約した複合施設として「増田ふれあいプラザ」を開館し、その一角に「マンガ原画」を展示する美術館を併設したのが、この美術館の始まりです。これが日本で最初のマンガ原画を展示する美術館でした。

施設の構想段階では『釣りキチ三平』の矢口高雄先生の「矢口高雄記念館」という案もありましたが、矢口先生から「個人の記念館よりも、一流の漫画家の原画を展示する美術館を検討してはどうか」というお言葉があり、「まんが美術館」として建設するに至ったようです。

ご案内いただいた大石館長
矢口先生の『釣りキチ三平』を用いたマンガ文化・原画に関する展示のご紹介

その後、2005年の市町村合併を経て「横手市増田まんが美術館」へ名称を変更し、2015年には原画保存事業を担う団体として「一般財団法人横手市増田まんが美術財団」を設立。2019年にリニューアルオープンして、マンガ原画の保存を核とした文化施設として、専用の収蔵庫やアーカイブ作業を可視化した「マンガの蔵展示室」を設置します。

かつて商人の町として栄えた増田には、明治から昭和にかけての建物が残り、その多くは鞘で覆われた「内蔵」を持っています。今でもそれらの建物が日々の生活で使われており、情緒あふれる町並みが残ります。そんな町に根付いた蔵とマンガの収蔵庫をかけて、「マンガの蔵展示室」が設置されています。

マンガの蔵展示室のスタイリッシュな入口

国内最大級の43万9000点の原画を保管する巨大収蔵施設

「マンガの蔵展示室」は温度・湿度が24時間体制で管理され、原画が傷まない最適な状態で保管されています。どうしても紙そのものの劣化は完全に防ぐことができず、収蔵方法の工夫によって劣化を遅らせることしかできません。こうしたアーカイブの技術の重要性を私たちは理解し、文化を後世に継承するための人材を育てていく必要があるでしょう。

この施設では、仕切り壁をガラス張りにすることで、アーカイブ作業や収蔵庫そのものを可視化し、文化資源保存の意義を伝える役割も果たしています。原画のデジタル化も進めており、収蔵庫にある大型タッチパネルディスプレイで原画を見ることもできます。

ガラス張りの蔵の中はアーカイブ作業や収蔵庫そのものを誰でも見学することができる
デジタル化した原画を大型タッチパネルディスプレイで見られるが、コロナ禍のため休止。残念。

私のマンガ原画に対する問題意識

私たちの身の回りにはすでに数多くのマンガ作品がありますが、過去に刷られたマンガはそのページの数だけ、作者が心血を注いで作成した原画の1枚1枚が存在しています。最近は液晶タブレットを使用したデジタル執筆が主流になっているので、紙の原画はさらに希少なものになりつつあります。

原画は印刷物の版下原稿であって、本という形になって初めてマンガは読者に読まれるものとしての価値を持ちます。「原画自体は印刷したら価値はない」とおっしゃる作家の方もいらっしゃいます。確かに原画だけをいくら作っても、刷らなければマンガ家として食べていくことはできません。原画の保管場所に困り、処分してしまったということもよくあります。特に最近は、漫画家の遺族の方々からの相談が多く、生前は保管されていた原画も場所の問題や保管方法の問題で、遺族にとっては大変な重荷です。そうした状況から、原画の取り扱いに困っている漫画家関係者は意外と多いものです。

もしマンガ原画保存に困っている方がいらっしゃいましたらこちらにお電話を。

日本には、かつて「浮世絵」が陶器の包み紙として海外に渡り、それが芸術作品として認められ、我々日本人がその価値に気づいた頃には、そのほとんどが国外に流出してしまっていた歴史があります。現在、世界中で日本のマンガは親しまれ、様々な作品が多様な言語で出版されています。そして原画は美術品としてもその価値を認められ始めています。特に海外では、日本と違ってオリジナル(原画)に対するリスペクトの精神が異なる傾向にあるようです。国内・業界において「原画の価値づけ」はまだ定まっていません。しかし、少なくとも、浮世絵と同じ歴史を繰り返さないために、原画は日本マンガ界を支えた文化遺産として、後世のために適切に保護・保管すべきものではないでしょうか。

特に、新人の漫画家さんにとっては「原画を見て初めて分かる技術や表現」もあるでしょう。そこから湧いてくるインスピレーションも大切です。日本の知財コンテンツを生み出す人材育成のためにも、先人たちが築いた技術の継承ができるような施設の存在には重要な意味があるでしょう。

アーカイブは、ただ保管するのではなく、次の世代のために利活用されるような整備が必要不可欠です。こうした取り組みは、特定の施設だけに背負わせるのではなく、まさしく国をあげて保護すべき取り組みではないでしょうか。

私たちが普段日常で楽しんでいるコンテンツの数々が、将来の世代も楽しむことができる。そしてそこから新しい何かを生み出すことができる。そんなサイクルが生み出されれば日本はもっと豊かな国になると考えています。

印刷物には表れない原画の圧倒される迫力

それぞれの作者の技術はもちろん、息使いを感じられる原画の数々を目の当たりにして、私も驚きの連続でした。あまり語るとネタバレになってしまうので控えますが、より多くの人にぜひ見ていただき、その力強さを感じていただきたい!

時間を忘れて夢中になって鑑賞してしまいました
展示数も多く、見ごたえがスゴイ

横手市増田まんが美術館、東京から足をのばすにはちょっと遠いかもしれませんが、行けば丸一日以上は原画の鑑賞と、収蔵されているマンガの数々に触れ、充実した時間をすごせるはずです。私も滞在時間が限られる中で、もっと見たいものがたくさんありましたが、名残惜しい気持ちを抑えて秋田駅の街頭演説に向かいました。ぜひ訪れてみては。

横手市増田まんが美術館

https://manga-museum.com/

〒019-0701 秋田県横手市増田町増田字新町285

館長の大石さん ありがとうございました