1月26日、参議院議員会館にて 【第2回 ゲーム障害勉強会】 を開催しました。
ICD-11に Gaming Disorderが収載され、政府において国内対応に向けた取組みが進められております。しかしながら、Gaming Disorderについては、原因や治療法、予防法等について科学的知見がないとされており、収載の経緯についても疑義が呈されています。そのような中、根拠がないにもかかわらず、ゲーム時間の制限や依存症の治療・予防と称した取組みを広げる動きが行政機関において出てきました。
これらは行政のあり方として非常に問題であり、極めて危険です。そこで、この度、さまざまな専門家の方々からご知見を賜り、いわゆる「ゲーム障害」について、多角的に事実を把握するための勉強会をシリーズで開催することにいたしました。
第2回の今回は、この勉強会のアドバイザーを務めていただいている大阪大学の 井出草平先生に「ゲーム障害と精神医学 診断はなぜ必要か?/発達精神病理学」 、福井大学の 鈴木太先生に「青年期のゲーム関連問題と精神障害」というテーマでご講演いただきました。
「ゲーム障害と精神医学 診断はなぜ必要か?発達精神病理学」 井出草平先生(大阪大学)
診断の意味
精神医学においてそもそも「診断」することの意義は何でしょうか。
それは、「診断」することによって有効な「治療」に結びつくことです。
うつ病を例にとって考えてみましょう。うつ病は過度の気分の落ち込みである抑うつ症状などの症状があります。治療法としては抗うつ剤の投薬治療、認知行動療法などの心理療法、休職するなどのストレスを軽減する環境調整などがあげられるでしょう。うつ病と「診断」することによって、状況を好転させる有効な「治療」に結びつけることができます。ここに診断する意味が生じてきます。
次は双極性障害の場合を考えてみましょう。双極性障害は、ハイテンションで活動的な躁状態と、憂うつで無気力なうつ状態を繰り返します。クリニック・病院に来院する場合は、多くの場合、体調不良で来院があるので、見た目はうつ病と同じです。ですから初回面談時にはうつ病と双極性障害の区別がつきません。2回3回と面談を重ねていくうちに、躁状態を確認でき双極性障害と診断することができます。
うつ病と双極性障害を区別しなければならないのは治療薬が異なるためです。しかも、双極性障害の患者にうつ病の治療薬を投与しても、効果がないどころか症状が悪化する可能性も指摘されています。治療ガイドラインでも例外を除いて双極性障害への抗うつ薬の投与は勧められていません。来院時は抑うつ状態しかわからないため、抗うつ剤を投与することになると思いますが、治療反応が乏しかったり、躁転、つまり今まで打ち込んでいたのに、躁状態に転じることがありますので、そういった経過をみて、正しい診断に辿り着くことで正しい治療に至ることが重要です。
このように「診断」とは、患者の状況の好転に向けてよい影響を与える、つまり有効な治療に結びつけるために必要なものであり、他の診断との鑑別を行い、悪化を防ぐための行為です。
診断はあてはまるものをすべて診断するべきか、というと、それも違います。診断基準には多くの診断があり(DSM-IVは297種類、DSM-IV-TRは365種類、DSM-5は157種類の診断名が掲載)、ある症状を持つ一人に対して、複数の診断をすることも可能であり、多くの場合、複数の診断基準を満たします。臨床的に必要とされる意味のある診断が求められることであって、症状が当てはまるからといって闇雲に診断をしても、あまり意味のないものもあります。診断は診断基準に当てはまるか、ということばかりに焦点があたることが多いですが、その診断が有意義な治療に結びつくのか、という点を問うべきだ、という基本的な原則が忘れがちになっているように思います。
診断とは「存在」ではなく「認識」である
間違えられがちなことですが、診断とは私たちの認識です。一人の人間のある面を見れば抑うつ状態でうつ病、ある面を見ればゲームをやりすぎているからゲーム障害、またある面を見ればそもそもADHDを患っている… 人間の一面を切り取る方法の一つが診断です。
ゲーム障害が存在するのか否かという議論はよく見られますが、これはあまり生産的な議論ではありません。私たちの共通理解としてゲーム障害に該当するパターン・ケースを「ゲーム障害」とラベリングして認識しましょうという取り決めです。ケースが存在することが診断として正当ということではありません。問われるべきは「ゲーム障害」という認識をすれば何かしらの意義があるか否か、あるいは臨床的には治療に役立つか否かであって、ゲーム障害そのものが存在するか否かという問いは筋が悪いと言わざるを得ません。
ゲーム障害の治療
投薬によるゲーム障害の治療についてエビデンスの紹介をしたいと思います。4つ薬剤で有効性が確認されています。うつ病とゲーム障害を併存したケースでは、うつ病の薬が有用でした。使用されたのはブプロピオン(Han et al., 2010; Han et al., 2012; Song et al., 2016)とエスシタロプラム (Song et al., 2016)という薬です。
ADHDとゲーム障害を併存したケースでは、ADHDのの薬が有用でした。使用されたのはメチルフェニデート(Han et al., 2009; Park et al., 2016)とアトモキセチン(Park et al., 2016)という薬です。
これらのエビデンスは、併存するうつ病やADHDを投薬で治療すると、それらの症状が緩和され、それと並行して、ゲームの過剰使用も収まるといったエビデンスです。
つまり、ゲームの過剰使用が収まるような薬があるわけではないですし、本丸のところはゲームではなくうつ病やADHDなのではないか、ということを強く示唆する研究なのです。
発達精神病理学、Loeberモデルのゲーム障害への応用
ここまで診断とは何かをおさえたうえで、Loeberという心理学者が2000年に出版した際のモデルを実例として、発達精神病理学の考え方を紹介します。
Loeberのモデルは児童期・思春期・青年期の3つの期間に分けて考えられています。児童期の段階では、生まれつきの発達障害であるADHDが現れる場合があります。同時に反抗挑発症が現れます。また児童期特有の不安を抱えています。思春期ではそれが発展し、児童期の不安が思春期にうつに変わり、反抗挑発症が素行症(犯罪的な行為)に、症状が遷移していきます。そして青年期直前から青年期にかけて物質使用という行動に変化していきます。これはアメリカでの研究であるため、想定されているのはアルコール以外の違法な薬物などが物質使用の対象として想定されております。必ずしも日本の子どもの環境や社会状況と合致するものではありません。
しかし、この研究で注目すべきは、青年期におけ物質使用障害の段階ではなく、児童期、思春期の段階で現れた症候に対してアプローチが可能であり、対応の方法・介入のタイミングのパターンに幅を持たせることができる点です。このモデルに基づいて、早期にアプローチを行うことで後々現れる問題の予防になる可能性があります。
これをゲーム障害にあてはめて考えてみると、現代のゲームは幼稚園児・小学生の時期から触れることができます。アルコールや薬物などの乱用が現実的には思春期から青年期、およそ10代半ばに発生しうることを踏まえると、それに比べてゲームに触れる時期は非常に早い時期になります。ただし、ゲーム障害と言われるような「のめりこみ」の状態になるまでは、もう少し時間がかかるものだと思われます。こうした状態に先んじて、児童期の精神障害への適切な対応がゲームへののめり込みを予防できる可能性があります。
ゲーム障害は、ADHD、ASD、うつ病、不安症などの先んじて現れる精神障害から発展していきます。容易に新しい概念に飛びつかず、基本的な子どもの精神障害の介入を地道にしていくことが重要です。
「青年期のゲーム関連問題と精神障害」鈴木太先生(福井大学)
どういう子ども時代をすごすと人生がうまくいくのか
私は20年ほどの臨床歴のある児童青年精神科医で、ふだんの臨床では、注意欠如・多動症 Attention Deficit/Hyperactivity Disorder (ADHD)、うつ病、摂食障害、ゲーム症、ひきこもり等を伴う方に関わっています。児童期 childhood とは6歳から12歳を示し、青年期 adolescence とは、だいたい13歳から17歳、日本でいうところの中学生・高校生くらいの年代を示しています。また、青年によくある変化として、知的・性的・社会的な発達、排他的な小集団(いじめ / 差別 / 暴力)、生活が乱れやすい、精神症状を生じやすいなどがあげられます。
児童青年期、すなわち子ども時代に、逆境的小児期体験(Adverse Childhood Experiences、ACEs)が少なく、ポジティブな体験(Positive Childhood Experiences、PCEs)が多かった方は人生がうまくいくと言われています。
ACEsとは、以下のようなもので、
● 身体的虐待
● 情緒的虐待
● 性的虐待
● 身体的ネグレクト
● 情緒的ネグレクト
● 母の暴力被害
● 家族の精神障害
● 家族の犯罪性
● 家族の物質乱用
● 離婚/別居
PCEsとは、以下のようなものです。
● 気持ちを家族と話せる
● 辛い時に家族が傍にいた
● 伝統行事を楽しんだ
● 高校に所属感があった
● 友達に支えられていた
● 優しい関心を向けてくれた親以外の成人が2人以上いた
● 自宅にいる成人に守られていた
ポジティブな経験をした子どもは家庭がつらい環境にあってもそれらを乗り越えやすいと言われています。つまり、過酷な体験から子どもを守り、ポジティブな体験を増やすように環境を調整することが必要ということです。一方で、過酷な体験を数多く経験して、苦しい状況に陥ると、犯罪行動や薬物乱用、ハイリスクな性行為などの生活の質を損なう行動が生じることがあります。過剰なゲーム使用についても生活の質を損なう行動の一つとして捉えるのがよいかもしれません。
ゲーム症の併存症
ゲーム症について「ゲームばかりしていて衝動性、易怒性、虚言、暴力、不登校、意欲低下を伴う人」というイメージが語られています。しかし、これらの精神症状は、ADHD、反抗挑発症、素行症、社交不安症、気分変調症、うつ病など、児童青年期に好発する既知の精神障害の症状でもあります。これらの精神症状を、(1)新しい概念であるゲーム症に帰属させるか、(2)既知の概念であるADHD、反抗挑発症、素行症、社交不安症、気分変調症、うつ病などに帰属させるか、という点で論者の立場は分かれます。
ADHDに伴うことが多い症状は、退屈な作業に対する集中困難、片付けの苦手さ、スケジュール管理の苦手さ、タスク管理の苦手さ、ケアレスミスや忘れ物の多さです。うつ病では、抑うつ気分、易怒性、アンヘドニア(日々の生活にやる気が起きない、日々の生活に喜びを見いだせない)、不眠、食欲不振、易疲労性、集中困難、罪責感、希死念慮などの症状が生じます。精神障害はいくつか「併存」することもあります。
ADHD: 不注意・多動・衝動性
反抗挑発症: かんしゃく・易怒性
素行症: 盗み・虚言・暴力
社交不安症: 社交場面の不安と回避
気分変調症: 抑うつ気分・易怒性
うつ病: 抑うつ気分・易怒性・意欲低下
標準的な児童精神科医は、依存・嗜癖モデルを援用したゲーム症という概念ですべてを理解しようとするのではなく、ADHD、反抗挑発症、素行症、社交不安症、気分変調症、うつ病などの精神障害をDSM-5等の操作的診断基準に基づいて診断し、それぞれの障害について適切な治療を検討します。
ゲームによる治療効果
米国の児童精神科医はアンヘドニアを評価するときに「Nintendoしますか?」という問いかけをすることがあります。Nintendoはビデオゲーム一般を示す言葉として米国で用いられていました。意欲や興味が低下したときでも、子どもはゲームをするときにいくらかの喜びを取り戻すことができます。
うつ病に対する認知行動療法の標準的な技法の一つが行動活性化 behavioral activation です。ゲームすることは「楽しさ」や「達成感」を生み出し、ポジティブな情動を生じる行動の一つとして、多くの子どもで活用することができます。また、ゲーム症とラベリングされる患者はうつ病を併存していることが多いのですが、抑うつ症状に対する自己治療の手段としてゲームに没頭しているのかもしれません。
ゲーム障害でみられる問題の多くは不眠症によるもの
インターネット問題使用やゲーム症では、最初の問題は睡眠の剥奪であることが多いと考えられています。米国のNational Sleep Foundationによると児童に必要な睡眠時間は9時間から11時間、青年に必要な睡眠時間は8時間から10時間と言われています。ゲームを過剰に使用する児童や青年は深夜までゲームすることが一般的です。就寝が遅れ、睡眠時間も短くなり、睡眠効率も悪化します。ADHDの症状である注意集中困難は睡眠時間が短いほど悪化します。これはゲームに限ったことではありません。インターネットの利用、テレビの視聴によって睡眠時間は短くなり、睡眠障害・抑うつ症状を悪化させます。
毎日8から10時間の睡眠時間を確保し、平日・休日を問わず定刻に起床する睡眠習慣を確立することは治療の目標となります。児童や青年では、この治療目標を達成するための行動療法や環境調整のために家族に介入する場合があります。例えば、ゲーム機やOSに対するペアレンタルコントロールによって夜間の使用を制限したり、生活環境の改善に向けた取り組みを促したりします。
適切な睡眠を確保するための工夫
○ 起床後6時間以内に日光に当たる
○ 昼食よりも後にカフェインを摂らない
○ 就寝2時間前までによく運動する
○ 就寝1-2時間前からデジタルデバイス使用を中止
○ 飲酒しない
○ 喫煙しない
○ 不適切な精神科薬物療法を中止する
実際の臨床での対応
私の外来にもゲームを過剰に使用する青年が来院しており、ADHDを併存している方が多いと感じています。ADHDを併存する方には行動療法を行い、抗ADHD薬を処方します。さきほどゲーム症は睡眠不足を背景としていることが多いと話しましたが、睡眠を正常化することが非常に重要です。ペアレンタルコントロールで夜間のゲーム利用を制限し、睡眠時間を確保しやすい環境を作ります。このためには家族の協力が必須で、摂食障害の家族療法を参考として家族に介入しています。ふたり親家庭の場合、父親が治療に参加するとうまくいくことが多いという印象があります。自傷・他害のリスクを伴う事例では入院も選択肢となりえますが、ほとんどの事例を外来で治療しています。
構造化面接の必要性
精神科診断のための「構造化面接」という手法が1980年代に開発されており、構造化面接を使用すると診断の信頼性が高まります。児童や青年を対象としたものではK-SADS-PL-5が邦訳されています。ゲームを過剰に使用する児童や青年を精神医学的に評価するとき、構造化面接を用いれば、ADHD、うつ病などの併存症を見逃しにくくなります。ゲーム症の論文をみると構造化面接が利用された研究はわずかしかないようです。ゲーム症に関する論文の大半はゲーム症という新たな概念が必要だと訴えていますが、そこで対象とされた児童や青年に構造化面接を実施すると、ADHD、反抗挑発症、素行症、社交不安症、気分変調症、うつ病といった既知の精神障害が浮かび上がるかもしれません。
井出先生からゲーム症への投薬治療のエビデンスをあげていただきました。ADHDとゲーム症が併存している青年にはADHDの薬が有効であり、うつ病とADHDが併存している青年にはうつ病の薬が有効でした。このことはゲーム症の治療がどうあるべきか、を示しているように思います。ICD-11でゲーム症が採用されますが、治療という観点では併存症に糸口があります。
少なくとも、私の外来では、ゲーム症とラベリングされた青年のほとんどが、ADHD、反抗挑発症、素行症、社交不安症、気分変調症、うつ病などを併存しています。また、論文でもそのことは強く示唆されています。構造化面接を実施することによって、ゲーム症の背景にある併存症を明らかにし、適切な治療を行う必要があると考えています。
総括
今回の勉強会は、いじめ、孤独孤立、不登校などの問題にもつながるテーマになるのではないかと思います。また、うつ病などの症状などに対しては、むしろ「ゲームのようにのめりこむものがある方が治療しやすい」「モチベーションが低下していてもゲームはできる」という考え方は、これまでのゲーム障害への考え方とは異なるものでした。いずれにせよ、ゲーム障害の背景にある疾患を見定めてしっかり治療することが重要であり、ゲームとの付き合い方はそれぞれの症状や診断によって、毒にも薬にもなる可能性があるようです。昨今のゲーム規制条例のように、現象面だけを追って子どもたちを守る取り組みはありますが、その原因にもしっかり目を向けて科学的に検討していかなければなりません。
【文献】
- Han, Doug Hyun, Jun Won Hwang, and Perry F. Renshaw. 2010. “Bupropion Sustained Release Treatment Decreases Craving for Video Games and Cue-Induced Brain Activity in Patients with Internet Video Game Addiction.” Experimental and Clinical Psychopharmacology 18 (4): 297–304.
- Han, Doug Hyun, and Perry F. Renshaw. 2012. “Bupropion in the Treatment of Problematic Online Game Play in Patients with Major Depressive Disorder.” Journal of Psychopharmacology 26 (5): 689–96.
- Song, Jinuk, Jeong Ha Park, Doug Hyun Han, Sungwon Roh, Ji Hyun Son, Tae Young Choi, Hyuk Lee, Tae Ho Kim, and Young Sik Lee. 2016. “Comparative Study of the Effects of Bupropion and Escitalopram on Internet Gaming Disorder.” Psychiatry and Clinical Neurosciences 70 (11): 527–35.
- Han, Doug Hyun, Young Sik Lee, Churl Na, Jee Young Ahn, Un Sun Chung, Melissa A. Daniels, Charlotte A. Haws, and Perry F. Renshaw. 2009. “The Effect of Methylphenidate on Internet Video Game Play in Children with Attention-Deficit/hyperactivity Disorder.” Comprehensive Psychiatry 50 (3): 251–56.
- Park, Jeong Ha, Young Sik Lee, Ji Hyun Sohn, and Doug Hyun Han. 2016. “Effectiveness of Atomoxetine and Methylphenidate for Problematic Online Gaming in Adolescents with Attention Deficit Hyperactivity Disorder.” Human Psychopharmacology 31 (6): 427–32.