2022.5.10

なぜマンガ・アニメ・ゲームのアーカイビングを推進する必要があるのか

【この記事の要約】

・赤松健は、マンガ・アニメ・ゲームのアーカイビング政策という、図書館のような作品の保存事業を国策として推し進めるべきと考えている

・アーカイビング事業は、先人達が残した日本の文化遺産を、現代と未来の人々がそのエンタメ・芸術性を楽しみ、またその技術を学ぶために必要不可欠

・マンガ・アニメ・ゲームのアーカイビングの価値は海外では広まりつつあるのに、日本では全然浸透しておらず、国策も進んでおらず、危機的状況


こんにちは、赤松健です。

国会図書館における資料のネット閲覧が可能になったニュースが話題です。私も関わったものであり、世間における過去の資料へのアクセスについて関心が非常に高く、その重要性を肌身で感じます。

今回は、マンガ・アニメ・ゲームのアーカイビング政策(絶版作品の閲覧・入手不可能の問題)と、私が手掛けた「マンガ図書館Z」というサービスについて語りたいと思います。

アーカイビングの意義

 アーカイビングと言われてもピンと来ない方も多いかもしれません。

 「アーカイビング」とは、「archive」すなわち「保管・記録する」という英単語の名詞形で、保管・記録事業、加えてその保管記録資料へ国民がアクセスする機会の創出も含みます。公共機関の例でいえば、皆さんになじみ深い図書館もアーカイビングの一種です。

 こうした「アーカイビング」は、人間の知の発展のためには必要不可欠です。とりわけ、マンガ・アニメ・ゲームには以下のような理由から、絶版になった作品や原画等の資料について国による保存収集及びデジタル化というアーカイビング事業への早急な取組みがなされるべきです。

  • 楽しむためのアーカイビング

 まず、先達の方々が心血を注いで作成した作品の数々は、たとえその偉大な先人が亡くなったとしても、適切に「アーカイビング」されていれば未来の数多くの人達が楽しむことができます。

昔の作品だから今の作品よりも面白くないなんてことはあり得ません。私達がいま生きている時代に生み出されている作品に加えて、過去の作品も自由に楽しむことができるという幸せは、文化の豊かさという意味で何にも代えがたいものです。

  • 芸術作品保存のためのアーカイビング

 次に、先達の方々が心血を注いで作成した作品の数々は、完成された作品もその生原稿や原画も芸術品として希少価値を持つため、我が国の貴重な資産として保存すべきです。

作品自体の素晴らしさは去ることながら、その原稿の線1本1本や絵に込められたパワー、修正の跡、そして神がかり的な技術の詰まった生原稿や原画は、芸術品といって差し支えないものです。

後で述べるように、個人や企業の保管にしておくと摩耗・喪失の恐れが大きく、さらには特に原画について海外からの評価が急上昇しており、海外への流出のリスクもあります。マンガ・アニメ・ゲームを我が国の資産として重視するのであれば、そのアーカイビング事業には国として取り組むべきです。

  • 学び、発展していくためのアーカイビング

また、先人の方々の作品からは、実に多くのことを学ぶことができます。

クリエイターの視点から言えばその表現技法における高い技術です。「学ぶ」は「真似ぶ(まねぶ)」から派生したとも言います。生原稿や原画は、その修正の跡まで生で見ることができるのですから、得られる情報量は既存の作品の比ではありません。クリエイター人材育成にアーカイビングは必要不可欠です。とりわけアニメーターについては、アニメ制作会社に入らなければ実物の原画やセル画から学ぶことができないという問題を解決することもできます。

クリエイターではなくとも、その時代の作品を読むことで、その時代の空気感や感覚、常識を知ることができます。一般の方々も歴史を学ぶことができます。研究者の方々も、マンガ・アニメ・ゲームの歴史的発展等の研究それ自体のみならず、その背景にある時代の考えといった研究を推し進めることができます。

こうしたアーカイビングによる知の発展は、マンガ・アニメ・ゲーム文化及び産業の世界のどこの国にも負けない文化的・産業的発展を推し進めてくれます。

現代のマンガ・アニメ・ゲームのアーカイビングの危機的状況

 以上のようなアーカイビングには意義がある一方で、日本のマンガ・アニメ・ゲームの資料の置かれている状況は非常に危機的なものです。

  • 亡くなっていく作者と共に散逸する資料たち

まず、マンガ・アニメ・ゲームの功労者の訃報が相次ぎ、その方々の手元で保管されていた貴重な原画や関連資料の保存が急務となっています。

マンガ・アニメ・ゲームは戦後急速な発展を遂げた文化です。それゆえに、功労者の遺産としての原画や関連資料の保存についてはしばらく問題化しなかったのですが、戦後約70年を超えて80年になろうとしている現在においては、残念ながら功労者の方々の訃報が相次いでいます。去年には「ゴルゴ13」などのさいとう・たかを先生、今年には「忍者ハットリくん」など藤子不二雄A先生といった巨匠の先生方です。

作者が亡くなってしまうと、その先生が持っていた資料がどこにあるのか、分からなくなってしまう場合がほとんどです。そもそも保存していたかどうかさえ確かではなく、遺族の方も閲覧をしたい人も探すのがあまりに困難であるため諦めてしまいます。

 

作者本人がきちんと自身の生原稿や原画を保管していたとして、遺族の方が保存保管してくれるとは限りません。なぜなら、これらを遺産としてどう扱うかが問題となるからです。現代では、歴史に名を遺したレベルの漫画家の原画だと数千万円という価値がつけられるものもあります。(https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2018/05/07/kiji/20180506s00041000485000c.html )

果たして、その相続税はどうなるのでしょうか。ここに不安を覚える遺族の方も少なくなく、保存・保管を望まず、廃棄してしまったり問題を棚上げにしたまま紛失してしまったりといった例が後を絶ちません。

  • 資料保管のコストから手放される作品・原画・生原稿

 作者本人、遺族、これに加えて企業(とりわけアニメのセル画についてアニメーション制作会社)が、マンガ・アニメ・ゲームに関連する資料について有意義なことに保管してくれていたとしましょう。

 しかし、この保管には費用や手間といった決して小さくないコストがかかります。その資料を置くスペースとして倉庫等の賃料や、摩耗滅失しないように適切な保管がなされているかの確認は正直大変です。少ない資料でもコストがかかりますし、これが膨大な資料ともなればそのコストは想像を絶します。

これに加えて、自社でも第三者でも当該資料を利活用する場合には、摩耗しないような慎重な取り扱いや滅失を防ぐための定期的な数量チェックが必要となってきます。

 これだけのコストをかけながら、資料保管を継続する努力を重ねている個人や法人は称賛されるべきです。一方で、これを諦めた個人や法人が数多くいたとしても、それは致し方ないものと言わざるを得ません。

  • 災害大国日本における資料の喪失リスク

 日本はともかく、災害の多い国です。その災害に伴って貴重な資料が喪失する危険性は十分にあり、その危険が現実化した例があります。また、資料喪失のリスクは災害だけではなく、人災によってももたらされます。

 2019年10月には、日本列島を襲った台風19号によって川崎市民ミュージアムが水没し、約23万点の収蔵品が被害に遭いました。同ミュージアムだけに保存されていた貴重なマンガ雑誌や民俗資料は、その水害から廃棄せざるを得ない状況に追い込まれました。

 また、人災ですが、2020年7月には、京都アニメーションのスタジオが放火され、数多くの未来ある人命が亡くなると共に、多くの資料も焼失しました。一方で、サーバーが火事や消火活動の影響を受けなかったため、原画などのデジタルデータは何とか回収できました。日本が世界に誇るアニメ制作会社が、後世に残すべき貴重な資料を失う可能性があったのです。

  • 海外勢によるまとめ買い、資料の海外流出

 近年、海外勢(主にフランス)によるオークションでの日本の原画やセル画の落札が多発しており、上記アーカイビングの効用を日本国民自身が得るのが難しい状況になってきています。

日本のマンガ・アニメ・ゲームは海外で非常に高く評価されており、作品自体もさることながら、その評価は原稿や原画にも及びます。

 先ほどは「鉄腕アトム」の原画が3500万円で落札されたニュースを紹介しましたが、他にも、『ポケットモンスター』『それいけ!アンパンマン』『ワンピース』など、日本の人気マンガの原画やアニメ制作に使用されたセル画も海外のオークションにかけられています(https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1912/05/news030.html)。

 

 近年、2010年代後半から、海外において日本の原画やセル画のコレクション的評価が急激に上がっています。それは、2018年冬にフランスで開催された日本のポップカルチャーを総合的に取り上げた「MANGA⇔TOKYO」、そして2019年にイギリスの大英博物館で開催された、海外では過去最大規模の日本マンガの大回顧展「The Citi exhibition Manga マンガ」の開催に表れているでしょう。

特に後者の盛り上がりは相当なもので、約3カ月の開催期間中、おおよそ18万人が訪れ、大英博物館の企画展としては歴代最多来場者数を記録しました。

 これらの日本のマンガ・アニメ・ゲームに対する高評価に呼応するようにして、その原画・セル画のコレクターの熱が上がっているのです。その熱の表れが、先ほどから何度も述べているオークションでの原稿・セル画の高額落札なのです。

日本のマンガ・アニメ・ゲームのアーカイビングの現在地

 では、我が国において、マンガ・アニメ・ゲームのアーカイビング事業はどうなっているのでしょうか。

  • 国立国会図書館の収集状況

 まず、国立国会図書館では、図書、雑誌等の「出版物」に該当するものについて既に収集している状況です。

 しかし、原画やセル画等の中間生成物については、国立国会図書館は収集していませんし、他に網羅的に収集する施設もありません。ですから、こうした貴重な資料は民間での保管保存に任されている状態で、散逸の危機に晒されているのはこれまで何度も述べたとおりです。

 これに対し、現在、「メディア芸術ナショナルセンター」という、原画・セル画を含めたマンガ・アニメ・ゲームに関する幅広い資料の収集及びその資料を活用した人材育成イベント等の実施をする施設の構想案が進められています。

 この構想案自体は10年以上前からあるものですが、政争に巻き込まれるなどして実現には至っていません。

日本のマンガ・アニメ・ゲームの世界的な発展のため、絶対に成し遂げねばならない政策と考えています。

  • 国立国会図書館の利活用状況

 国立国会図書館では、2022年5月19日から、絶版などで入手困難となった資料をパソコンやスマートフォンで閲覧できるようになりました(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220430/k10013606071000.html)。これは、世界的に見て決して迅速ではありませんが、アーカイビング事業における大きな一歩だというべきでしょう。

しかし、この閲覧可能となった資料の中には、マンガは含まれていません。法律上は可能なのですが、利益関係者たる出版社や権利者との意見調整が必要です。

私自身この問題で動いており、出版社と「データがあるのに塩漬けにするのは業界の未来にとって良くない」という方向性で調整済みです。

 一方で、権利者は、何でもかんでも自由に読まれてしまっては商売あがったりですし、絶版した本でもネットで読まれることに抵抗感がある方も多いようです。私自身も権利者の一人ですので、同じ立場として述べられることが無いか、絶版マンガのネットでの閲覧実現に向けて尽力していく覚悟です。

 実は、最後に話が出た「絶版マンガのネットでの閲覧」については、私自身が開発した「マンガ図書館Z」というサービスにて一部実現しているところなのです。

 次の記事では、その「マンガ図書館Z」がいかにして始まり、どのような発展を遂げていったか、語らせてもらえればと思います。

赤松健