【この記事を要約すると】
・アーカイビング事業において、私自身、2010年に「マンガ図書館Z(元:Jコミ)」という絶版したマンガを無料閲覧でき、その広告収入を作者に還元するサービスを開始した。
・その真意は、やがてくる電子書籍化の波への先手と絶版作品・未単行本化作品の保存・利活用、そして作者を応援したいファンと応援に元気をもらえる作者を直接結び付けることにあった。
・実際、マンガ図書館Zの作品を見て実写ドラマ化まで繋がった例もあれば、病気等から漫画家に復帰したい作者へのクラウドファンディング事業の多くは、熱意あるファンが応援し成功に終わった。
・マンガ図書館Zは多くの人の役に立ったが、1個人でできる範囲には限界がある、国の政策としてアーカイビング事業を推し進めるべき。
こんにちは、赤松健です。
前回の記事では、マンガ・アニメ・ゲームにおけるアーカイビングがなぜ必要か、その危機的状況について語りました。
今回は、アーカイビング事業に関連して、私が開発した「マンガ図書館Z(元:Jコミ)」というサービスについてです。
マンガ図書館Zとは
マンガ図書館Zとは、ネット上で誰でもマンガを閲覧できるサービスで、特徴は
- 基本無料でマンガで読み放題(R18作品のみプレミアム会員限定)
- 読めるマンガは、既に絶版だったり単行本等で流通していなかったりする作品が中心
- 気に入った好きな作品についてはPDFデータを購入可能
という3点です。
2022年5月現在、サービス開始から12年となり、16000冊以上のマンガが無料配信されています。漫画家・権利者・出版社・読者の多くの皆様に愛され、活用されるサービスとなっていて、感謝しかありません。
なぜマンガ図書館Z(Jコミ)を始めたか
「絶版したマンガを手に入れても、作者への何の収入にならない」
突然ですが、1978年頃に「冒険王」(秋田書店)で桜多吾作(おうたごさく)先生が連載していた『マッハSOS』というマンガをご存じでしょうか。
『マッハSOS』は、最新鋭の戦闘機で平和を守る、少年達の物語なのですが…。
これがですね、トップガンのようにカッコよくて、デビルマンのように残酷で、戦国自衛隊のように画期的で、とにかく面白いのですよ!!
連載時に読んでいた少年赤松健は、とにかく衝撃を受けたものです。
当時、お金が無くて単行本を買うことはできませんでした。ですから、大人になってから全て買い集めてやろうと思ったのですが、オークションで集めている途中に気づきました。
「これ、桜多吾作先生には何の収入も入らないんじゃないか?」
絶版したマンガについては、文字通り新たに書店に並ぶことは無いのですから、時間がたってからは中古本を手に入れるしかありません。
しかし、オークションやブックオフで苦労して中古本を手に入れても、作者へは1円も入りません。
当然ですが、Winnyなどのファイル共有ソフトで手に入れても同様です。
「そんなの当たり前じゃないか」と言われてしまえばそれまでですが、マンガに限らず何らかの「ファン」であれば次のような想いは分かっていただけるのではないでしょうか。
私は、桜多吾作先生に、「こんな面白いマンガを描いて下さって、ありがとうございます!」という感謝の気持ちを伝えたかったのです。「購入」という手段をもって。
なのに、今更中古本を買い集めたところで先生へは何の原稿料も印税も発生しない。
こんな悲しいことがあるでしょうか。私は途方に暮れていました。
- そこへやってきた電子書籍化の波への一手
一方で、マンガ図書館Z(当時はJコミという名前でした)のβ版を開始した2010年、当時の日本では、amazonのkindleによる電子書籍化の波がやってきていました。
当時、電子書籍に対する漫画家や出版社の大方の反応は冷ややかなもので、どうせ流行らない、普及しないだろうと静観していました。
今の時代でこそ単行本発売と電子版の発売は同日に行われますが、当時は単行本を出しても電子版は出さないことが多かったですし、電子版を出したとしても単行本の発売から何日か遅れてから、ということもざらでした。
しかし、私の考えは違いました。電子書籍化の波は必ず来ると思っていました。
また、今後、絶版のマンガに目を付けたベンチャー企業などが、その作品を電子書籍化して無料公開し、広告を付けて、その広告収入を作者と折半するようなビジネスモデルが流行るだろうとまで思っていました。漫画家は絶版したマンガで収入を得ることはできないため、この誘いにほぼ必ずOKしてしまいます。
でも、ベンチャー企業が過去の作品にただ乗りして、その作品と作家が得るべき収入の半分を持って行ってしまうことは正しいのでしょうか。その作品を気に入って読んでいるファンはそんなことを望んでいるのでしょうか。
絶版したマンガが保存され、一人でも多くの人に読まれ、届くべき人に届き、届いた人からの感謝の想いが作者にきちんと伝わる仕組みこそがあるべき姿であるはず。
誰かが、あるべき作品・作家とファンの関係を実現しないと。
なら、私がやってしまおう。
その考えに至った私は早速、自身のマンガ「ラブひな」を無料公開し広告収入がどうなるかなど、実証実験をし、サービス開始に向け動き始めたのでした。
マンガ図書館Zが次々に実験的なサービスを展開!
マンガ図書館Zの基本的な機能は、絶版したマンガと単行本として未流通のマンガ(友人の漫画家との話の中で、単行本化されていないマンガも「ファンに届かない」という意味で同じだよね、ということで単行本化されていないマンガも射程に入れました)を無料閲覧でき、その広告収入を作者に還元するというものです。
しかし、このマンガ図書館Zの「流通していないマンガをネットで正規流通させ、できるだけ多くの人に届ける」「無料閲覧・広告収入還元」「ファンが作者へ直接感謝を伝えたい」という考えは、様々なサービスの根底として考えることができ、応用ができるものだと考えていました。
ですから、マンガ図書館Zは、2010年のβ版開始から、先ほどの基本的な機能に加えて、以下のような様々なサービスを実装・実施してきました。
- 気に入った作品、好きだった作品はPDFにて購入可能に。
→このPDFの売上は作者の方々に分配される(印税率も通常のはもちろん、電子書籍ストア運営会社の倒産やサービス終了により電子書籍で買った作品を読めなくなる事態を解決しました。また、このデータには「電子透かし」と呼ばれる購入者特定情報が入っていますから、ファイル共有ソフトに流される事態も予め防止しました。
- 「Jコミ・プレミアム」機能(月額有料制)により、成人向け作品やBL作品、エロパロ同人誌への範囲拡大
→当時取り扱いの少なかった当該ジャンルの作品を、広告収入や全世界取扱との関連等からプレミアム会員になってもらって、作品の魅力を知ってもらう機会を1回でも増やし、作者本人に読者の感謝が還元される仕組みを模索しました。BL作品については後ほどプレミアム対象からは外し、いま現在700タイトル超の作品が無料で読むことができます。
- マンガのセリフを60カ国語の自動翻訳する機能
→作者としては絶版化されたマンガもそうでないマンガもできるだけ多くの人に読んでもらいたい、これ以上の幸せは無いです。これに応える形で、マンガ図書館Z内のツールを使えばマンガ内の吹き出しのセリフをOCR処理した上で世界60か国語に自動翻訳できるようにしました。これは、海外にいるファンが日本のマンガを正規入手できず、結局違法サイトで読まざるを得なくなっているケースを踏まえた海賊版対策でもあります。
- 漫画家復帰したい作者に対して、マンガ図書館Zを通じたクラウドファンディング企画
→マンガ図書館Z内のマンガの多くは過去の懐かしいマンガでしたから、その作者の漫画家の先生方も、ご病気等の様々な理由でマンガが描けなくなるケースがあります。それに対して、復帰をしたい作者から、復帰を切望するファンへ支援を呼びかける形でクラウドファンディングを行い、その支援の仕組みとしてマンガ図書館Zを使ってもらいました。具体的には、支援のお返しとして上記電子透かし入りPDFデータを配布したり、過去の生原稿やカラー原画の配布をしたり、といったことを行いました。
これらのほかにも、電子書籍閲覧用のビューワーを独自開発し、セリフ検索や音声読み上げ機能、読者によるページごとのコメント機能や読者によるオリジナル広告を出して作者を応援する機能など、マンガ図書館Zで試したサービスの数は計り知れません。
それもこれも、電子書籍サービスを通じて、今は流通していない作品が読みたい人やこの作品に救われるかもしれない読むべき人達のもとに届くように、ファンがその感謝の思いを作者に伝えられるように、作者の危機とあらば恩返ししたいファンの気持ちも伝えられるように、そしてこうした作者とファンの関係性を踏みにじる海賊版を撲滅させるため、そうした強い想いのもとに行ったことでした。
マンガ図書館Zは、アーカイビング事業として、多くの化学反応を生みました
マンガ図書館Zのサービスは、控えめに言っても、多くのマンガ業界の動きを生み、成功だったというべきでしょう。
マンガ図書館Zに掲載されたマンガを読んだドラマのプロデューサーが、これは!と思った作品を実際にドラマ化した例(「逃亡医F」伊月慶悟先生・佐藤マコト先生)もあります。
ご病気となられた先生への復帰支援クラウドファンディングは、百万円を超える支援金額が集まり成功した例がいくつも生まれ、中には目標額の300%弱の達成率を記録したケースもありました。支援を呼びかけた先生も非常に元気をもらった、やってよかったという声をいただくことができました。
絶版したマンガであっても、単行本化していない作品であっても、保存されてさえいれば、閲覧さえできれば、新たな読者がその作品を楽しみ、作者として冥利に尽きます。
それだけでなく、クリエイターがその作品からインスピレーションや学びを得ることが出来たり、その作品に結び付けられた人々が幸福な関係を築くことが出来たりするのです。資料の保管・利活用と言うアーカイビング事業の意義がマンガ図書館Zにまさに表れていると言うべきではないでしょうか。
マンガ図書館Z、というより個人が行う事業の限界
マンガ図書館Zは事業として成功しているというべきですが、それでも限界はあります。この世界には数えきれないほどの作品があるからです。
現在、国立国会図書館はネットでの閲覧可能な資料として、絶版のマンガをその対象から外しています。しかし、これまでのマンガ図書館Zの功績を見れば、その利活用の対象としてマンガも含まれるべきであることは言うまでもありません。保存するだけでは意味が無く、閲覧可能にして、活用できるようにしなければ、日本のせっかくの無限大の資産をみすみす闇に葬り去ることとなります。
とはいっても、すべてを無料公開しては権利者としてはマイナスな部分も生じるところです。そこは、私が出版社と権利者らの間に立ちながら調整しているところです。
これに加えて、原画や生原稿などの中間生成物についても、クリエイターの成長や芸術作品の保存と言う観点からアーカイビング事業としての保存・利活用が求められます。マンガ図書館Zにおけるクラウドファンディング企画において、以前生原稿や原画の一部を捨ててしまった作者が、残っていた生原稿や原画をファンの元へ届け、保存できた例はありましたが、ほんの一部です。
日本のマンガ・アニメ・ゲーム文化及び産業の更なる発展のためには、完成品だけでなく、その途中経過である中間生成物を「真似ぶ」ことができるようになることが必要不可欠です。
これを国策として進めるのは現行法では無理ですから、メディア芸術センターの設立等を盛り込んだ国会における新法の設立が必要です。
まとめ
以上、アーカイビング事業について語りました。私の5大政策の中でも「UGC活性化戦略」の中に、「創作物の適切なアーカイブの促進」「絶版書の利活用促進」というものを掲げています。
私のマンガ図書館Zでの経験やこれまでの出版社や権利者らとの交渉、調整力を生かして、これまで以上にこうした分野に精力的に取り組んでいきたいと思っています!
(参考)当時のブログ記事→https://kenakamatsu.hatenablog.com/