赤松健が漫画界や表現規制などについて毎週月曜日に行っているスペースのダイジェスト。今回はイラスト、テキスト、音楽などのコミッションサービスのSkebを立ち上げた〝なるがみ〟さんをお招きして「我々クリエイターはなぜ自信が無い? 〜高い技術と自己肯定感の低さを考える〜」(4月21日)について語り合いました。

Skebってどんなサービス?

 SkebはどんなWebサービスでしょうか? なるがみさんの説明によると「有償の“お題箱”だそうです。つまり、どういうことかというと、

「例えばこういうものを作家さんに描いてほしいと。これを大体140文字以内で書きます。内容お任せします!頑張ってください!というのもアリです。そしてクレジットカードに紐付けて金額を入力して……」

 というシステムです。絵師さんに直接リクエストして描いてもらえるというのがファンとしてはうれしいですね。クリエイターとしてもファンの声が直接聞けて、マネタイズもできる。まさにWin-Winです。

 では、こんなサービスを思いついた、なるがみさんはどんな人? まずオタク開眼が10歳、中学生の時にアニメの『ネギま!』に出会い、その後は東方厨、ニコ厨、さらにはVisual Basic6.0からプログラミングを覚え……と順調にオタクとして成長していきました。

 Skebを作るきっかけとなったのが同人誌即売会。ファンが人気作家のところにスケッチブックを持ってきて、サインの延長みたいな感じで「イラスト描いて下さい」と頼むことがありました。作家もスケッチブックに描いている他の作家のイラストを見て楽しんでいたりもしたのですが、中には困った人もいてトラブルも起き始めました。

「本を買いもしないのに、どっさりとスケッチブックを置いてきて。『これを描け』と。当時、私が参加していた東方プロジェクトの即売会にもちょくちょく現れていて、作家さんたちがすごく困ってたんですね」(なるがみ)

 “スケブ男” “スケブ厨”は一時期、即売会で大きな問題になったそうです。今でも漫画家やイラストレーターに頼めば気軽に描いてくれるみたいな意識がけっこう残っています。中には商業が「宣伝してやるから」と無料で描かせようとして炎上する事例も……。

「そろそろ無料の文化やめたほうがよくないかって気持ちになり。じゃあもう意味を上書きしちゃおうと。スケブと言った時に、有償のリクエストというもので文化を上書きしようと思って名前をあえて音読みしたときに全く同じSkebにしたというのがありますね」

 他にも、なるがみさんはKADOKAWAから出るはずの新刊が編集部の不手際で一週間前に突如中止になったことを挙げ、

「すごくぞんざいな扱いを受けまして。私は顧問弁護士がいたんで粛々と対応したのですが、一作家さんだったらもう泣き寝入りになってるなーっていう流れだったんですよ。で、ちょっともう出版社ナメくさっとるなと」

 という怒りがあったと語りました。これには赤松も、

「私、基本的に事業やるときすべて怒り駆動開発なんです」

 と大きく同意。

「理不尽とかが嫌いなので。ちょっとこれクリエイターの地位を上げたいな、と。今、印税5%、10%なのをもっと上げられるんじゃないか。同人サイトとかだと、もう7:3が当たり前の中で、いまだに印税が5%10%というのはおかしいだろと」(なるがみ)

 クリエイターの多くが原稿料や印税が安いと感じているそうですが、赤松の体験では売れるに従って少しずつ原稿料が上がり、売れっ子になると莫大な印税収入になります。そうなると原稿料はあまり気にしなくなってしまうのだと。

「あんな大御所がこんな安いのっていう時は、ものすごい印税がお高いみたいなことがあるんだけど。それとは別に本当は交渉すべきなんですよね」(赤松)

 当たり前のように続いてきたことも、慣習が続いているだけの場合もあるわけです。

クリエイター側の自己肯定感?

 Skebの価格や手数料設定はここで説明するよりも、公式サイトで確認した方が間違いないと思いますが、最初の頃は新規リクエスト時に初期値として3,000円スタートだったそうです。何故、その金額になったか? なるがみさんは、クリエイターに価格設定を任せるととんでもなく安い値段をつけてくるんじゃないか? と予想してところ、

「一番あった要望が『50円でやらせて欲しい』」

 という数字が出てしまったそうです。

「漫画家の方はみんなそうだなって思うと思うんだけど。我々絵描きの方からは、なかなかね、言いにくいわけですよ。コロナの持続給付金の時もそうだったんだけど。収益が下がったのは人気が下がったからじゃないと証明できないので、なかなか申請しないんですよ。謙虚なんですよ、我々」(赤松)

 良く言えば“謙虚”ですが、そこには“自己肯定感の低さ”も絡んでいるようです。

「でもこれは多分日本人みんなそういう傾向にあるかなと」(なるがみ)

 と、言われてみると確かにそういう傾向はありますね。自己主張が良くないとか、目立ってはいけないとか、同調圧力に屈しやすいとか。

 そこまで織り込んでの初期値を3,000円にしたそうです。しかもこれ「おまかせ金額」なのでそれ以上でリクエストしてもかまわないというところがミソ。

「『3,000円って書いてるけど、1万円だったらもっと盛って描いてくれるかもしれないな』みたいな心理が働いて、相当な数の人がおまかせ金額以上の金額でリクエストしてくれました」(なるがみ)

 対価の金額は「評価」そのものです。「50円でも依頼してくれる人がいればいい、3,000円は高すぎると思っていたのに5,000円で依頼がきた!」ってものすごく自信というか、自己肯定につながるのではないでしょうか?

 その上、おまかせ金額を決めるのは作者じゃなくて運営なので、「値付けがヘンだ」と作者が非難されることも防げます。

「我々クリエーターは絵に対して自信はありますよ。あるんだけど謙虚でこの自己肯定感が低くて搾取されやすいと。それはタダでもいいから描きたい人がいるんです。やっぱり。すると全体の相場を下げちゃうんですよ」(赤松)

「クラウドソーシングがまさにそうですね。ロゴ募集します。1万円っていうと100件くるんですよ。トップの人たちがそんな金額でやってるから新人や中堅が下げざるをえないみたいな」(なるがみ)

 確かにその通りなんですが、赤松が指摘するように「絵描きは絵を描くことに幸せがある」という側面があります。労働ではなく楽しみの方が強かったりするので「タダでもいいです」って人がどうしても出てきてしまいます。生業でなければなおさらです。それだけに簡単ではないのですが、そこに風穴を明けてくれそうなSkebの試みは今後も注目していきたいですね。

◆なるがみさんのTwitter(https://twitter.com/nalgami/status/1517141121914519553)

◆Skeb https://skeb.jp/

編集協力:永山薫
協力:赤松健サポーター有志