こんにちは、赤松健です。
先日発信した「アニメーター待遇改善」のツイートについて、たくさんのご意見をいただきました。そこで私の考える「アニメ業界に関する問題意識」を少し丁寧にお話させていただきたいと思います。
クリエイター育成につながる政策を重視したい
まず、私の出したクリエイター育成のアイデアの件について、どういった背景があったのか説明します。
日本ではアニメ作品・映画が大ヒットしたとしてもアニメーターの現場環境や待遇に還元されていない現状があると考えています。
アニメーターの方からも現場への還元がないことが辛いという声を聴き、一方で制作会社の方からも、「現場に還元したくてもそこまでの余裕が無くてできない」というようなお話を伺っていました。
そこで、現場への還元策の1つとして、「作品について税制優遇措置を取り、その還付金を現場への還元として活用していただく」ということを構想していました。
しかし、還付金が制作会社にあっても「現場に還元などされないのではないか」、「ヒットした作品に限定すべきでない」など多数のご意見をいただきました。そのため、今回の税制優遇措置という政策については再考し、もっとクリエイター育成に直接的につながる政策や、根本的な待遇改善案に軌道修正して打ち出していこうと思います。
現状改善案については下の項でご説明しますが、次世代に続く人材を守り育成することはマンガ分野でも私がこれまで注力してきたことのひとつです。
皆様からも、引き続きご意見を頂戴できると嬉しいです。
アニメーターの収入・労働環境改善に取り組むきっかけの出会い
そもそもなぜ私が「アニメーター待遇改善」に取り組んでいるのか、そのきっかけも触れさせていただきたいと思います。
昔、『魔法先生ネギま!』を描いていた頃、アシスタント志望が1人面接にきました。彼は、ある大手アニメーション制作会社を辞めて漫画家アシスタントを志望しました。技術も高かったので採用しました。なぜそんな大手制作会社をやめてまで来たのかは分からなかったのですが、彼の紹介で何人かのアニメーターさんなどアニメ関係者の話を聞くことができました。その時に業界のお話を聞いて私は衝撃を受けたのです。当時、動画担当だったアニメーターさんが会社からもらっていた年収は100万円代。これに加えて、毎週毎週の過重労働、勉強して技術を学ぶ暇もない。そんな状況で働いて消耗し、生活もままならなくなる毎日の中で、アニメで夢や感動を与えられるという希望の気持ちも分からなくなってしまった・・・と。
明らかに、気持ちだけでやっていくにはあまりに過酷な労働環境でした。
動画マンと腹を割って話したこの経験から、私にとってこの問題はいつか改善に向けて取り組みたい問題の一つとなっていきました。
アニメーターの収入・労働環境への問題意識
私の「表現の自由を守る」活動も、そもそも創作物を作るクリエイターがいてこその話です。まずはクリエイターを守らねばなりません。
クリエイターの中でも、アニメーターは以前より労働環境に関する問題、低収入が指摘されています。
日本アニメーター・演出協会の実態調査によると、動画担当の2019年の平均年収はなんと125万円です。年収300万円以下のアニメーターが約4割とのデータもあります。400万円台という日本の平均年収を大きく下回っています。
これに加えて、「仕事のスケジュールの調整が難しい」「時間的な余裕が無い」といった点を仕事上の問題として認識しているアニメーターは全体の半数を超えます。実際、動画担当の1日の平均労働時間は11時間以上というデータもあります。
この問題の大きな原因の1つは、アニメーター側が低報酬や不当な環境での労働を強いられていることにあるでしょう。
アニメーターはその多くが雇用契約でない、業務委託契約に基づくフリーランス・自営業です。
会社と労働契約を結べば、労働者は労働基準法・最低賃金法等によって保護されます。長時間労働の強制・急な解雇告知、安すぎる賃金での労働等がこれらの法律によって禁じられています。
しかし、フリーランス・自営業は雇用契約を結ばない、つまり労働者ではないので、労働基準法・最低賃金法等の適用外です。その代わりに、立場の強い親事業者・発注事業者から下請事業者・受注事業者を守る下請法によって保護されます。
下請法では、契約書・発注書等の書面交付義務、報酬の支払い遅延や著しく低い単価設定、一方的な発注取消などが禁止されています。
もっとも、この下請法によっても、まだ問題は改善されていません。これにも理由があります。
下請法の2つの問題点
下請法には現状2つの問題点があります。
1つ目は、下請法で規制はされているのですが、の実態として法律が守られていない現状があるという点です。
後述する「アニメーション制作業界における下請適正取引ガイドライン」によれば、2014年~2018年の間ですが毎年指導・勧告例が出ていますし、2021年には「劇場版FGO」アニメ制作会社が下請法上の委託内容を記した書面の交付義務に違反し公正取引委員会に指導を受けるなど、アニメ制作会社による下請法違反の事例が後を立ちません。
この対応策としては、まず下請法、そしてアニメーターの特化した下請法に基づく行政指導のガイドライン(「アニメーション制作業界における下請適正取引ガイドライン」)が制作会社やアニメーターの現場に周知されていないという現状がありますから、この周知をより図り、守らせることです。日本アニメーター・演出協会の調査によると、このガイドラインを「知らない」と回答したアニメーターが半数を超えています。
そして、公正取引委員会を中心に、下請法違反の実態に対し勧告・行政指導を積極的に行い、ガイドラインに実効性を持たせることが重要です。
2つ目は、このフリーランス・自営業の業界において、大きな抜け道がある点です。発注事業者の資本金が1000万円以下の場合、下請法は適用されません。つまり、資本金が1000万円以下の事業者から仕事を請け負うフリーランスは、法律による保護が一切なく、立場が弱いままなのです。
アニメーターの現場では、契約書を取り交わさない取引がままあるため、一部のアニメーターは一方的な契約の打ち切り・報酬の減額などの理不尽な目に合っても、下請法の法的救済を受けられません。
東京商工リサーチを利用し調査すると、東京にあるアニメ制作会社の全体の2/3が下請法対象外の資本金1000万円以下の会社なのです。
さらに、資本金1000万円の会社でも売上が100億円、あるいは従業員が100人を超える場合もあります。こうした会社が優越的な立場に基づいて、アニメーターに不当な不利益を強いることは可能ですし、資本金が1000万円以下の場合、下請法が適用されないということを知りながら、そうしている会社も多いと思われます。そこに法的規制が働かないのは大きな問題です。
例えば、売上5億以上または従業員50人以上の会社が個人に発注する場合は下請法の対象とするなど、下請法の見直しも必要ではないでしょうか。
立場の弱いアニメーターの保護が重要
このような問題は、発注元と受注先とのパワーバランスの偏りによって発生しますから、見習いや駆け出しのアニメーターにこそ深刻な問題です。業界全体の問題ではありますが、とりわけ新人・若手のアニメーターこそ、未来の日本アニメを作り出す担い手の状況こそ、改善しなければなりません。
私も、このような低収入、過重労働、そして他にある問題として、能力向上の機会の確保(また別記事で取り上げたいと思います)など、アニメーターの待遇改善に向けて、粘り強く取り組んでいきたいと思っています。